エネルギーの地産地消は地域の永続的な発展につながるはず! 新潟でエネルギー事業に邁進

2019.04.6 Sat

昨年(2018年)7月、新電力新潟の代表取締役に就任した飯野隆志さん。新電力新潟では、電力自由化に伴い、企業向けの高圧電力から一般家庭向けの低圧電力まで、従来に比べて低価格で電力を販売しています。しかし、飯野さんが目指しているのは、単に安価な電力供給だけでなく、エネルギー自体を地産地消化し、将来の新潟の発展につなげていくこと。栃木県に生まれ、大手企業で発電所建設などの電力畑を歩んできた飯野さんが、新潟で新たな事業に挑戦するまでのお話を伺いました。

新しくなった新電力新潟のロゴ。水と大地をイメージした水色と緑のマーク。文字部分には電気を表す稲妻の形が。

 

技術畑を歩みながらMOTに挑戦
コンプレックスをバネに大学院卒業

生まれ育ったのは栃木県宇都宮市です。理数系が得意だったので小山高専に進み、卒業後は川崎重工(株)に就職しました。配属されたのが発電事業を手掛ける部署で、自家発電設備を作る仕事をしていました。その後、横河電機(株)に転職し、制御システム関係を担当するようになります。電力のハードからソフトへ業務が変わったわけです。やがて本部の経営企画に携わるようになりました。私にとっては一つの大きな転機だったと思います。
それまで営業技術として顧客および代理店対応を行ってきた私が経営にも関わるようになったのですが、経営的な知識が追いついていかない(笑)。同じ部署にいる人たちと同じレベルで話ができなかったことがとても悔しく、書店に並ぶビジネス書を購入、勉強はしたのですが、知識が飛び飛びになってしまい、一気通貫となる経営知識までたどり着けなかったのです。日々、悶々としながら仕事をしていました。東日本大震災のあった2011年4月、一念発起して大学院に通い、MOT、いわゆる技術経営を学ぶコースで、技術者として一から経営を学ぶことにしたのです。
大学院に通っている間は想像以上に大変でした。フレックスタイムを申請・活用し、朝早く出社、仕事を終えると学校、週末も勉強、まさに休む間もない。そして人生で二度とできないであろう一年間を過ごし、2012年3月に技術経営修士を修了しました。受講料も自ら払っていたので、最後までやり通さなければ、というプレッシャーもありました。とにかく必死で頑張った1年でした。自ら求めて学ぶことは頭に入ってきますよね。経営者となった現在の自分があるのは、MOT取得に向けて努力したあの一年間がベースになっていると思います。

会社のビジョンや事業内容について語る飯野社長はとてもエネルギッシュ。会社でも陣頭に立ち、トップセールスに励んでいます。

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