エネルギーの地産地消は地域の永続的な発展につながるはず! 新潟でエネルギー事業に邁進

2019.04.6 Sat

震災を経験して電力一筋の人生が一変!
自分の力を社会のために

2011年、東日本大震災が起こります。当時は埼玉に住み東京に通っていたので、まさに帰宅難民でした。夜通し歩いて家に着いたらもう朝……。三陸にも2回ほどボランティアに行きましたが、まだご遺体が道端に並んでいるなど、その凄惨な光景は今でも目に焼き付いています。この平和な現代の日本にこのような場所があるのか、本当にこれが現実なのか……。福島の原発問題も起き、環境やエネルギーについてもいろいろと考えるようになりました。震災を通じて体験したさまざまな現実によって、考え方や感じ方が大きく変わったんです。
震災による津波で医療機関および福祉施設に保管していた患者さんや利用者さんのカルテが失われ、病状を含めた症状がわからず、現場が混乱していました。まだ電子カルテが広く普及する前でしたので、なおさらでした。ボランティア活動を行う中で、医療と福祉の課題、問題点も見えてきました。
もともと専門職大学院へは横河電機をさらに成長させるため、そして経営的知識を習得するために行ったのですが、自分さえ良ければそれでよいという考え方では、これからの社会は成り立っていかない、自分が学んでいるMOTの知識を被災地の現場で見て感じた、医療と福祉の分野に活かすべきではないか、と在学中に考え、修士論文も医療と福祉の今後に向けた内容で作成、発表しました。
ゼミでお世話になっていた先生が医療福祉系大学の教授で会ったことから、今後の進路について相談し、同大学の博士課程に進学、同時にそこで勤務もすることとなりました。この時から、病院、福祉施設、大学の経営や運営管理にも携わることになったのです。

強い信念と実行力にあふれ、時には闘うことも辞さない一面もあるとは思えないほど、優しい笑顔、穏やかな雰囲気の飯野社長。「新潟に来てからちょっと変わりました(笑)」。

 

自ら地域活性化を進める池田代表と
環境・エネルギーの話で意気投合、新潟へ

その後、電力自由化に伴って設立された新電力のベンチャー企業に誘われ、小売電気事業の仕事をしていたときに、NSGグループの池田代表と出会うことになります。
教育、医療福祉をはじめ多様な事業を展開しているNSGグループの代表にお会いできるということで、数人でNSGにお邪魔しました。そこで、池田代表の考え方に触れたわけです。ただいろんな事業を展開しているというだけではない、そのバックボーンとして、人々の幸せ、地域・国家・国際社会の発展、目先のことだけでなく、永続的な豊かさを築いていきたい、そういった大きな思いがあるのだと知りました。そして、バイオマス発電やエネルギー事業など、エネルギーの安心・安全、地産地消の話ではすっかり意気投合するような形になってしまいました。
自分の力を社会のために役立てる道筋を見せていただいた感じで、新潟に行く決心をしました。

シェア