ドラマの脚本家から企業・起業・事業の脚本家、まちおこし・まちづくりの脚本家へ―

演劇、テレビなどの脚本家をスタートに、イベント、CSデジタル放送、モバイルやインターネットのコンテンツ事業、映像制作やIT事業ほか数多くの事業に携わり、マネージメントでも力を発揮。時には自ら起業もし、さまざまな会社の役員や社長を歴任してきた小野さん。縁あって訪れたNSGグループの企業説明会で、NSGの起業に対する取り組みを知り、「ユニークな取り組みに惹かれて」2013年にNSGグループの一員となりました。入社後は、福島でスポーツ事業や太陽光発電事業の立ち上げに尽力し、2015年からは企画本部でグループ内のインキュベーターとして関連企業をサポートしています。八面六臂の活躍を見せる小野さんに、仕事について、また、新潟について聞きました。

「誰も信じてくれないけど、本当は人見知りなんです」と照れ臭そうな小野さん。

 

話を重ねていく中で妄想がカタチになる―
起業にはそんな感覚を持っています

著名な企業の第一線でIT事業など時代の先を行く仕事を次々手掛けてこられましたね。

成り行きで(笑)。初めは時代劇の脚本を書いていたんです。日光江戸村をはじめ全国4カ所の時代村の演劇台本やテレビ番組などです。当時、地方自治体でも、祭りやイベントに歴史的な要素を取り入れてまちおこしにつなげようという動きが起こっていて、水戸黄門ゆかりの水戸市でおいらん道中を企画するなど、いろんな自治体のまちおこしイベントにも参画することができました。ところが、次第にテレビから時代劇の枠が減り、CSデジタル放送がスタートするなど、コンテンツもメディアも大きな変化にさらされました。
そんな時、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)が立ち上げたディレクTVに入社しました。CCCでは本当にいろんなことをやりましたね。CCCグループが総合エンターテイメント企業として成長する中で、様々な子会社設立や経営を任されたり、韓国に会社を作って社長を務めていたりした時期もありました。

せっかく苦労して成功させた事業を人の手に渡して、また次の新規事業を任されるというのは寂しくないですか?

いやいや、どれもこれも成功したわけではなく、失敗もあります。2008年にはDVD自動レンタル機の事業を立ち上げて、2010年にはその事業で起業したのですが、震災の影響もあって事業を断念しました。その時はさすがに落ち込みました。ただ、私は執着心がないんでしょうかね。自分で起こした事業を人に引き継ぐ際に、寂しいとかマイナスに感じたことはないですね。無責任かもしれませんが、もっともっと新しい事業や会社を立ち上げていきたい。
起業をするというのは、最初の段階では妄想に近い状態だと思うんです。一人で、こんな事業をやりたいなぁ、なんて頭の中で考えているうちは妄想と同じ。ただ、それを企画書にしてみて、課題を洗い出して、一つ一つ問題を潰していって、いつか現実の中でカタチになる…私にとっては、目に見えるカタチでできあがったときのワクワク感が仕事の醍醐味なのかもしれません。

起業を成功に導くために必要なことは何でしょうか?

人とたくさんしゃべることではないでしょうか。自分の頭の中だけで考えていても、なかなか具体化されないものなんですよ。人としゃべっていると、自分では気づかなかったことに気づかされたり、自分にはない力をよそから得られたりするんです。「こんなことやりたいんだけど、どう思う?」と話してみたときの周りの人の反応は、将来のお客さんの反応でもあるんです。たくさん話をする中で、想いがカタチを得て膨らんでいくと思いますよ。小さなシーズを大きく育てていけます。私自身もそうして事業を立ち上げてきました。今、企画本部にいますので、NSGグループの皆さんで事業の種を温めている方がいたら、ぜひ気軽に相談にきてほしいですね。応援させていただきたいと思っています。

ベジ・アビオの工場内で真剣に話し合う小野さんとベジ・アビオ田中社長(写真右)。・「小野さんがいなければここまでこぎつけられませんでした。今も頼りにしています」と、田中社長。

 

新潟はポテンシャルが高いと思う
だからみんなで元気にしていきたい

起業を応援したいという小野さんの思いはNSGグループの取り組みに重なりますね。

新しい会社を増やし続けるというユニークな取り組みに惹かれたのはもちろんですが、「教育を中心にして発展してきた企業体」という点も非常に興味深く感じました。チームワークや協調を重視し、時には競い合い、時には高め合い、物事を進めていく姿勢は教育事業がベースにあるからこそではないでしょうか。そういった姿勢に共感を覚えました。

入社当初は福島、そして新潟への単身移住に迷いはありませんでしたか?

仕事を始めてからの生活の拠点はずっと東京でしたが、とにかくあちこち飛び回ってばかりいたんです。実際に仕事で40都道府県ほど回りましたし、韓国赴任もありました。今回も、タイミング的に子供の受験とも重なったりしたものですから、単身赴任を選択しました。ただ、少なくとも月に一度は行き来して顔を合わせますし、こういった暮らしが夫婦長続きする秘訣かな、なんて言っているんです(笑)。

全国、さらには海外を股にかけて活躍してこられた小野さんから見た新潟は?

明治中期の人口調査で新潟県は全国1位だったこともあり、特に新潟市は江戸時代から計画的なまちづくりが行われていました。歴史と文化が息づき、個人の能力も高いところだと思っています。ただ、起業率の低さなどから考えると、あえて厳しい言い方をするなら「誰かがやってくれるだろう」という他人まかせもあるようにみえます。でも、自ら汗をかこうという人たちも決して少ないわけではありません。
昨年から、会社の枠を超えた仲間たちと「西堀おこし」という勉強会を行っています。「自分たちの住む町を他人まかせにせず“自分ごと”で行動し、“夢を描き・育み・実現できる町”をつくろう!」という想いを一つのカタチにしようということで、先日、「PONSHU NIGHT」という異業種交流イベントを実施しました。今後、「西堀おこし」は、新潟を元気にしたい人たちのプラットフォームにしていきたいと考えています。新潟を元気にするイベントや事業を同時多発的に仕掛けていく予定です。

2月15日に行われた「PONSHU NIGHT」は大盛況。

 

物欲がなくなりました
今は”誰かのため”が原動力です

仕事に加えてプライベートでも「西堀おこし」の活動、お休みがないのでは?

いや、休みはありますよ。新潟はおいしいものが多いので食べることが楽しいですね。妻と食べ歩きを楽しむこともあります。自分で料理をしたりするのも、ストレス解消の一つかな。新潟は食材もすばらしいですからね。
何年か前までは、ランニングがストレス解消で、東京マラソンにも3回ほど出場しているんです。最近は走ってない上に食べ歩きしたりしてるので、ちょっと注意しないといけないですね。ただ、1日も休みなく40日ぶっ通しで昼夜の接待続きといった、かつての一時期に比べたら、新潟ではずいぶん健康的に暮らしていると思います。

起業を支援したり、まちおこしを応援したりしている小野さん、今後の抱負を教えてください。

語弊を恐れずに言えば、私が長年携わってきた仕事というのは、生きていく上でなくてもいいものばかりでした。生存に直結する仕事ではないというかね。ところが、今、農業とか食とか、生きることにつながる仕事にはとても興味がありますね。経営アドバイスをさせてもらっているベジ・アビオの仕事もすばらしい仕事だと思います。
「モノ消費からコト消費の時代に代わった」とよく言われますが、昔はブランド品や高級車に心を動かされたこともありましたけれども(笑)、今は本当に物欲がなくなりましたね…。自分がこれを得たいから、というのでなく、誰かが喜んでくれるから、必要としてくれるから、っていうのが原動力になっています。そういう意味でも、インキュベーターとしていろんな人の意欲を、そして事業を応援していけたらいいと思っています。
また、今の仕事を通じて、NSGグループにはたくさんのビジネス資源があることなどもわかりました。これがやりたい、というほどにはビジョンが固まっていませんが、いつかは自分も経営者として、グループの企業経営を担える人材になりたいと思っています。

経営の相談に乗っている株式会社ベジ・アビオの工場事務室でお話を聞きました。

 

小野 正(おの・ただし)
1966年山形県生まれ。大新東(日光江戸村)でテーマパーク事業や地域おこし事業を経験。1997年CCC入社。衛星放送事業やインターネットビジネスの新規事業を担当。韓国現地法人の代表を務めたことも。2013年11月NSGグループに転職。福島でのスポーツ事業や太陽光発電事業の立ち上げを経て、2015年4月企画本部に異動。起業支援や既存企業の経営支援を行っている。

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