チャレンジを通してワクワクする日々 『求めていた日常』に福島で出会った

福島県郡山市に本社をおく一般社団法人福島スポーツアカデミーで代表理事を務める加藤大樹さん。秋田出身の加藤さんは、大学を卒業後、金融機関に就職し、充分やりがいを感じていました。しかし、30歳を前にして自分の生き方を見つめ直し、より感動があり、さらにやりがいを感じられる仕事にチャレンジしたいという気持ちが芽生えてきたと言います。そんな中で出会ったNSGグループでスポーツ事業を立ち上げに携わる機会を得て、福島にIターンしました。
今、加藤さんは、福島で充実した生活を送っています。

 

バスケット一筋というわけではなかったんです

私の生まれは秋田県男鹿市です。秋田県は、日本のバスケット界のスターである田臥勇太選手が所属した能代工業高校があるなどバスケットボールが盛んな県です。今、福島ファイヤーボンズのバスケットスクールやチアスクールの運営に携わっているので、私はバスケット一筋で来た人間と思われがちなんですが、小中では野球、高校では陸上部に所属して、実は部活動でバスケをしていたことはないんです。

ただ、実家で母がそろばん教室を開いていて、近所の子どもたちが習いに来ていました。庭にバスケットボールのゴールリングがあって、空き時間などに塾の生徒と一緒にバスケットボールに自然と触れていて、日常にバスケットがある地域で育ちました。

 

30歳での挑戦

秋田の高校を卒業後、仙台の大学に進学しました。大学卒業後は金融機関に就職、営業としてキャリアをスタートしました。その後、債券管理部門やコールセンターのスーパーバイザーとして、東京や関西に転勤。その後本社配属となり、経営企画部門で勤務しました。キャリアを順調に積んでいた方だと思います。

しかし、20代後半になって、ふと『残りの約30年間の人生を、この会社にこのまま勤め続けていて満足できるのかな』という疑問が少しづつ湧いてきたんです。

そして、30歳を迎えて「もっと挑戦したい」「もっとワクワクできる仕事がしたい」という想いを抑えられず、転職を目指して活動しているうちに、NSGグループに出会いました。

最初、NSGグループは専門学校を運営しているところだという認識はあったものの、調べていくと、教育だけでなく医療、福祉、スポーツなど多角的に経営していることを知り、興味をひかれました。

 

震災で運動不足に悩む福島の子どもたちのために

 

バスケットボールスクールで子どもたちにバスケの楽しさを伝えたい

採用面接の中で、福島にスポーツ事業を立ち上げようという話があることを知りました。私の妻の実家は福島県白河市で福島県にゆかりがありましたし、スポーツも大好きでしたので、これをビジネスにできることに大きな魅力を感じましたので、ぜひとも転職して福島のスポーツ事業に関わりたいとの思いを面接でぶつけました。その結果、採用され、2013年4月にFSGカレッジリーグスポーツ事業室に配属されました。

入社してからはバスケットボールスクールの立上げに関わりました。福島では、2011年の東日本大震災による原発事故の影響で、子供たちの運動不足が懸念されていました。そこで、室内でできるバスケットボールを通じて、子供たちに十分な運動をできる環境を整えるためにスクール事業の立上げを進めました。

2013年4月に入社して6月にはスタートするという慌ただしい計画でしたが、子どもたちのために立ち上げるバスケットボールスクールの理念を学校や行政、バスケットボール連盟の方々にも理解して頂き、協力して頂きました。

また、ノウハウやアドバイスなど多大にご協力頂いた当時のbjリーグからもコーチを派遣して頂き、スタートできる体制が整えられました。

スタート当時は、7人の生徒が集まってくれました。私は、この7人のことを今でも忘れられません。この7人の中から、今はファイヤーボンズのユースチームに所属し、「プロバスケ選手になるのが夢」と話す子もいます。

7人から始まったバスケットスクールも今では県内8校、生徒数300名を見据えるまでに拡大しました。また、昨年にはチアダンススクールも新たに立ち上げ、現在は100名の生徒が在籍しています。

しかし、到達地点はまだまだです。もっとスクールも生徒も増やして、福島の子どもたちにアリーナスポーツの楽しさを伝え続け、将来プロアスリートの輩出やスポーツ文化をより醸成させることが大きな目的です。

 

福島で公私ともに充実した日々を過ごす

福島に来て以来、仕事には更なるやりがいを感じ、充実感に溢れています。福島でスポーツ事業を立ち上げるんだ、新しい物を創り上げていくんだという想いを実現できることがやりがいに繋がっていきましたし、「私は、今までこういう日々を求めていたんだ。20代後半から願っていたチャレンジングな日々、わくわくする日々がこれなのか」と感じました。

 

このような充実感溢れる毎日をずっと求めていました

 

福島にスポーツビジネスを立ち上げ、常に目標を掲げ、達成に向けて進んでいく日々に充実感を感じています。

 

Iターンで得た幸せ

福島にIターンすることに家族からの反対はなかったです。妻の側の家族からすればむしろ歓迎でしたし、私側の家族からすれば、私は長男とは言っても、これまで進学した仙台から始まって、土浦・東京・大津・京都と引っ越しましたし、もう戻ってこないだろうと思っていたでしょうから、私の親も理解してくれました。

基本的に転勤はないですし、妻の地元でもあるので双方の家族に安心してもらえてるのかなと思っています。

 

家族や仲間と出かけるのがオフの楽しみ

 

実際に生活してみると、福島は非常に良いところです。私はもともと、海とか山とかに出かけるのが好きで、そういったリラックスできる自然が身近にあるのは魅力の一つだと思います。

前の会社にいた時も、気分転換によくドライブで海や山に出かけていたんですよ。今もそれは変わっていません。

ただ、今は出かける時は家族や仲間と出かけることが多くなりました。そうは言っても、忙しくなってくると、なかなか遠出もできません。

そんなときは、自宅のある白河市のシンボルである白河小峰城の公園で子どもたちと遊んだりしてオフを過ごしています。自宅は小峰城の近くですし、白河は郡山まで電車で30分くらいなので、通勤も十分に可能なんです。この通勤時間は、ニュースを読んだり、音楽を聞いたりして過ごせる貴重な時間です。

福島の地で求めていた毎日を過ごせる私は幸せだと思います。

 

<プロフィール>
加藤大樹(かとう・だいき)

1982年秋田県生まれ。東北学院大学を卒業後、金融機関を経て、2013年4月FSGカレッジリーグスポーツ事業室に転職。バスケットスクールやチアダンススクール、プロバスケットボール福島ファイヤーボンズの立上げを行う。現在、一般社団法人福島スポーツアカデミー代表理事を務める。

シェア