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歯石DNAから読み解く、過去の日本人と口腔内微生物の関わり

2026.06.05 Fri

東邦大学、東京大学、農業・食品産業技術総合研究機構、国際医療福祉大学、聖マリアンナ医科大学、九州大学、国立科学博物館、日本大学、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム、新潟医療福祉大学、鎌倉女子大学、沖縄県立埋蔵文化財センター、新潟大学、東京科学大学の研究グループは、江戸時代を中心とする日本列島の古人骨の歯石から微生物DNAを解析し、過去の口腔内マイクロバイオーム(注1)の特徴を明らかにしました。その結果、古人骨由来の歯石に含まれる口腔内微生物の構成は現代歯石とは異なり、地域差や時代による一部の細菌系統の違いがあることを確認しました。さらに、歯周病関連古細Methanobrevibacter oralis(以下、M. oralis)(注2)の系統解析では、過去の研究でお歯黒痕跡が報告されていた女性個体に由来するM. oralisが、いずれも同一クレードに含まれることが示されました。
本成果は、歯石に残されたごく微量なDNAが、過去の人々の食生活、地域性、文化習慣、さらには日本列島における人と微生物の関わりを検討するための新たな手がかりとなることを示すものです。
この研究成果は2026年6月8日に雑誌「Scientific Reports」に発表されます。

◆ 発表者名
栗山 佑基(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)

水野 文月(東邦大学医学部法医学講座 准教授)
山田 孝(東邦大学医学部法医学講座)
熊谷 真彦(農業・食品産業技術総合研究機構高度分析研究センター 主任研究員)
田中 真生(研究当時:国際医療福祉大学ゲノム医学研究所、
現:東京大学大学院理学系研究科)
中 伊津美(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任助教)
平田 和明(聖マリアンナ医科大学解剖学講座 名誉教授)
水嶋 崇一郎(聖マリアンナ医科大学解剖学講座 主任教授)
米元 史織(九州大学総合研究博物館 准教授)
舟橋 京子(九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授)
瀬口 典子(九州大学大学院比較社会文化研究院 特任研究者/
モンタナ大学ミズーラ校人類学部 Affiliate Professor)
坂上 和弘(国立科学博物館生命史研究部人類史研究グループ グループ長)
金澤 英作(日本大学松戸歯学部 名誉教授)
松下 真実(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム 学芸員)
松下 孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム 館長)
佐宗 亜衣子(新潟医療福祉大学自然人類学研究所 講師)
奈良 貴史(新潟医療福祉大学自然人類学研究所 教授)
澤浦 亮平(鎌倉女子大学教育学部 講師)
片桐 千亜紀(研究当時:沖縄県立埋蔵文化財センター、現:沖縄県教育庁文化財課)
前川 知樹(新潟大学大学院医歯保健学研究科高度口腔機能教育研究センター/
研究統括機構 研究教授)
黒崎 久仁彦(東邦大学医学部法医学講座 教授)
斉藤 久子(東京科学大学大学院医歯学総合研究科法歯学分野 准教授)
並木 修司(東京科学大学大学院医歯学総合研究科法歯学分野 特任助教)
植田 信太郎(東京大学大学院理学系研究科 名誉教授)
大橋 順(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

◆ 発表のポイント
● 歯石DNAから過去の日本列島人の口腔内マイクロバイオームを復元し、江戸時代を中心とする古人骨の歯石を解析することで、過去の口腔内微生物の特徴を明らかにしました。

● 古人骨由来歯石と現代歯石で異なる口腔内微生物の特徴を確認しました。古人骨由来の歯石では現代歯石とは異なる微生物構成が見られ、地域差や時代による細菌系統の違いを確認しました。
● お歯黒痕跡と歯周病関連古細菌の系統に着目しました。歯周病関連古細菌 M. oralis は、遺伝的にクレードAとクレードBの2つに大きく分かれ、お歯黒痕跡が報告されていた女性個体から検出された M. oralis はいずれもクレードBに分類されることがわかりました。

◆  発表概要
東邦大学医学部法医学講座の水野文月准教授、東京大学大学院理学系研究科の栗山佑基大学院生、植田信太郎名誉教授、大橋順教授らの研究グループは、江戸時代を中心とする日本列島古人骨の歯石に残されたDNAを解析し、過去の口腔内マイクロバイオームの特徴を明らかにしました。古人骨の歯石には、当時の口腔内微生物をはじめとするさまざまなDNAが残されており、過去の生活や健康状態を知る手がかりとなります。本研究では、古人骨由来歯石と現代歯石に含まれる口腔内微生物の違い、地域差、縄文時代と江戸時代の間にみられる一部の細菌系統の違いを確認しました。さらに、歯周病関連古細菌M. oralisの系統解析により、お歯黒痕跡が報告されていた女性個体に由来するM. oralisは、いずれも同一クレードに含まれることが示されました。本成果は、歯石中の微生物DNAが、過去の人々の食生活、地域性、文化習慣、人と微生物の関係の歴史を検討する新たな手がかりとなることを示すものです。

◆  発表内容
ヒトの体には、口腔、腸、皮膚などに多様な微生物が共生しており、その集まりはマイクロバイオームと呼ばれています。マイクロバイオームは、食生活、衛生環境、生活様式、薬剤使用などの影響を受けて変化し、健康状態とも関わることが知られています。特に口腔内の微生物は、虫歯や歯周病などの口腔疾患と関係するだけでなく、生活環境や食文化を反映する可能性があります。しかし、日本列島の過去の集団において、口腔内マイクロバイオームが時代や地域、文化習慣によってどのように変化してきたのかは、十分に明らかになっていませんでした。

近年、古人骨の歯に付着した歯石から、過去の口腔内微生物を調べる研究が進んでいます。歯石は、歯垢が石灰化して硬くなったもので、当時の口腔内微生物をはじめとするさまざまなDNAが残されている場合があります。歯石中のDNAは、過去の生活や健康状態を知るための有用な情報源となります。
本研究では、東京都、埼玉県、山梨県、福岡県、沖縄県に所在する遺跡・墓地などから出土した、主に近世の古人骨由来歯石試料に加え、新潟県の現代歯石試料を新たに解析しました。さらに、先行研究で報告された縄文時代および江戸時代の歯石データも加え、古人骨由来歯石および現代歯石中の微生物の構成、機能、系統関係を比較しました。古人骨由来の歯石試料では土壌由来の微生物による汚染が問題となるため、既知の口腔内微生物データベースを用いて、口腔由来と考えられる微生物に絞って解析しました。
解析の結果、古代歯石に含まれる口腔内マイクロバイオームは、現代歯石とは異なる構成を示しました(図1)。特に、歯周病との関連が知られる古細菌M. oralisは、古代歯石で多く検出されました。また、本州・九州地域と沖縄地域の間で微生物構成に違いが見られ、地域ごとの生活環境や食習慣が口腔内微生物の構成に関わっていた可能性が示されました。
一方で、縄文時代と江戸時代を中心とする近世の試料を比較したところ、複数の細菌で時代ごとに異なる系統が確認されました。これは、日本列島における人の移動、農耕の導入、食生活の変化などが、ヒトだけでなく、ヒトとともに生きてきた微生物の多様性にも関わっていた可能性を示しています。
加えて、歯周病関連古細菌 M. oralis の系統分布に着目し、近世、特に江戸時代に広く見られた文化習慣である「お歯黒」との関係を調べました。解析の結果、古代歯石に由来する M. oralis は大きくクレードAとクレードBの2つの系統に分かれました。さらに、過去の研究でお歯黒の痕跡が報告されていた女性個体に由来するM. oralisは、いずれもクレードBに含まれていました(図2)。この結果は、お歯黒という文化習慣と口腔内微生物の系統分布との関係を検討する手がかりとなります。
また、M. oralis の遺伝子を比較したところ、鉄利用に関わる代謝関連遺伝子に系統特異的な変異が見出されました。お歯黒では鉄を含む成分や植物由来成分が用いられていたことから、こうした口腔内環境の違いが特定の微生物系統の分布に関わった可能性があります。ただし、その因果関係を明らかにするには、今後、お歯黒痕跡の体系的な記録や歯石中の化学成分分析を含む追加研究が必要です。
本成果は、歯石に残された微生物DNAが、過去の人々の健康状態だけでなく、食生活、地域性、文化習慣、人と微生物の関係の歴史を検討するための新しい研究材料となることを示しています。今後、より多くの時代・地域の試料解析や、歯石に残る化学成分、考古学的情報との統合により、日本列島に暮らした人々の生活史や微生物との関係を、より詳細に復元できると期待されます。

◆  発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(2026年6月8日公開)

論文タイトル:Insights into demographic and cultural influences on the oral microbiome from historical Japanese dental calculus
著者:Yuki Kuriyama, Fuzuki Mizuno*, Takashi Yamada, Masahiko Kumagai, Masaki Tanaka, Izumi Naka, Kazuaki Hirata, Soichiro Mizushima, Shiori Yonemoto, Kyoko Funahashi, Noriko Seguchi, Kazuhiro Sakaue, Eisaku Kanazawa, Masami Matsushita, Takayuki Matsushita, Aiko Saso, Takashi Nara, Ryohei Sawaura, Chiaki Katagiri, Tomoki Maekawa, Kunihiko Kurosaki, Hisako Saitoh, Shuuji Namiki, Shintaroh Ueda*, Jun Ohashi*(* 責任著者)
DOI番号:10.1038/s41598-026-55286-2

◆ 用語解説
(注1)口腔内マイクロバイオーム

口の中に存在する細菌、古細菌、真菌、ウイルスなどの微生物の集まり、またはそれらの遺伝情報全体を指します。食生活や衛生状態、生活環境、疾患などの影響を受けて変化します。

(注2)Methanobrevibacter oralis(M. oralis)
ヒトの口腔内に存在する古細菌の一種で、歯周病との関連が報告されています。本研究では、江戸時代を中心とする近世の歯石試料から多く検出されました。

◆  添付資料

新たに解析した歯石試料と先行研究データを用いて、古代および現代の口腔内微生物の構成を比較した図図1.歯石DNAから読み解く、過去の口腔内マイクロバイオーム 新たに解析した歯石試料と先行研究データを用いて、古代および現代の口腔内微生物の構成を比較した図。
お歯黒痕跡と歯周病関連古細菌 M. oralis の系統に関する図図2.お歯黒痕跡と歯周病関連古細菌 M. oralis の系統 過去の研究でお歯黒痕跡が報告されていた女性個体は、M. oralis のクレードBに含まれていた。

◆  お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学医学部法医学講座

准教授 水野 文月
〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
E-mail: fuzuki.mizuno@med.toho-u.ac.jp

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
教授 大橋 順
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
E-mail: jun_ohashi@bs.s.u-tokyo.ac.jp