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真面目すぎず、悩まず、
フットワークはひたすら軽く、
地味なことも楽しむこと。

#つながった縁
#スーパーマンにはなれない
#この街に足跡を

広告代理店の営業マン。

株式会社アイ・シー・オー
東 卓郎

株式会社アイ・シー・オー勤務。宮崎県出身。新潟大学在学中から友人たちと新潟市内でダイニングバーを経営する。26歳のときに、FMラジオ局に入局。8年間の勤続期間の間に、番組制作、編成、広告とさまざまな仕事を経験した後、退局。2020年7月に入社し、現職にて、専門学校やスポーツチームなどの広告営業を担当。

FMラジオ局から、広告代理店の営業に。

悩む前にまずは一歩を踏み出すタイプ。人生を楽しんできた自信はある。出身は宮崎県。大学で新潟にやってきてから、この街が気に入ってもう17年。人生の半分をここで生きてきた。学生時代に友人たちと始めたダイニングバー。毎日仕込みをしながら聴いていたFMラジオ局に、面白そうだからと応募したら受かって就職。それから8年間。番組の制作や編成の仕事をやった。それだけじゃない。CMもつくったし、営業もした。中でも毎年開催したロックフェスの運営は楽しかった。アーティストへの出演交渉やスポンサーの獲得、飲食ブースの出展。毎日が学園祭みたいだった。ところが2020年6月、そんなFM局が閉局した。「うちに来ませんか?」。ありがたいことに、たくさんのスポンサーやパートナー企業から声をかけてもらった。その中の一社がNSGグループの株式会社アイ・シー・オー。サッカーやバスケのラジオ中継で繋がった縁だった。自分も大学までバスケをやっていたくらいに、スポーツが好き。「じゃあ、話を聞きにいきます」。面接に行くと、面白そうな話がたくさんあって、いつの間にか入社する流れになっていた。まあ、これも縁かな。仕事は広告代理店の営業職。まずは、クライアントとしてNSGグループの専門学校を4校と、アルビレックスのバスケと女子サッカー、eスポーツを担当することになった。

24時間アンテナを張る。アイデアをカタチにする。

企業活動において、広告は思いのほか重要な役割を担う。いかに優れた商品やサービスといえども、必要とする人に伝わってこそ初めて価値となる。その橋渡しをするのが広告マンの役割だ。先日、クライアントの1つである専門学校に、入学実績の多い高校のリストを見せてもらった。実際に足を運んでみると、たくさんの生徒がバスで通学している姿が見えた。バスの中吊り広告はどうだろう。オープンキャンパスに合わせて、バス全体をジャックできたら面白くないか。閃いたアイデアを企画書にまとめて提案すると、良い感触を得た。また一つタネを撒くことができた。街を歩けばヒントが溢れている。世の中そのものが広告マンのフィールドだから。新潟アルビレックスBBに所属するある外国人選手は母国の英雄で、SNSに70万人のフォロワーがいる。彼をメディアに仕立ててインバウンドのビジネスができないか。24時間好奇心のアンテナを張り、これは!と思ったら、とりあえず手を出してみる。「今近くにいるんで、ちょっとご挨拶に伺ってもいいですか?」。すぐに仕事に繋がることは期待しない。「こいつ、おもしろいやつだな」。そう思ってもらえたら十分。撒いたタネが根を張って、いつかどこかで芽を出す。それもこの仕事の醍醐味に違いない。

派手なことはできないが、泥臭く、一つずつ。

クライアントの冠がつく重要なプレゼンツマッチ。アルビレックスBBとパートナー企業がコラボしたオリジナルタオルを、来場者全員にプレゼントする企画を進めてきた。アイデアを出し合い、打ち合わせを重ね、タオルが納品され、あとは当日を待つだけとなったところで、緊急事態宣言で試合が中止に。山積みのタオルは今も倉庫に眠っている。悔しかったけれど、いちいち凹んでいたらこの仕事は務まらない。ビジネスは「1勝9敗」なんていうけれど、広告業界に限っていうなら「1勝99敗」くらいだと思う。長岡市の酒蔵13社とコラボしたお酒の試飲会「アルビレック酒BBフェア」は、洒落の効いたネーミングがウケて大好評。こっちはちょっと上手くいった例。ラジオ局出身だから、語呂合わせは得意だし、「おもしろいねー」とウケれば、決まらなくても、ドアが開く。それでいい。広告代理店と聞くと華やかなイメージを持つ人もいるかも知れない。けれど、はっきり言ってそういうのは一部の大手だけの話。実際のところは、泥臭くて地味な作業のほうが多い。それでもこの仕事が好きだし、誇りもある。失敗しても、断られても、自分の足で動いた分だけ、この街に足跡が残っていく。それは経験だったり、知識だったり、人の繋がりだったり。それこそが広告マンの血肉になるのだ。

※所属表記・記事内容は、取材当時の内容に基づいています。