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好きな言葉は鶏口牛後。
どうせ生きるなら、
誰も歩かない道を。

#経営は生き物
#新しい価値創造
#本当の勝負がはじまる

東大卒、新卒5年目経営者。

株式会社古町糀製造所
小畑 宏樹

東京大学工学部では都市工学を専攻。2017年に新卒で入社。新潟県上越市出身。NSGグループのビジョンに惹かれ、経営者養成コース第一期生となる。グループ本部、味噌や糀など、日本の伝統食品を扱う法人で経験を積み、2021年8月より株式会社古町糀製造所の代表取締役に就任。

新潟で経営者になる。想いが熱に変わった。

子どもの頃から勉強が好き。そのうえ、人一倍の負けず嫌いで、好きな言葉は鶏口牛後。一番でなければ嫌だった。新潟の高校から東京大学へ。都市工学を専攻する中で、地方の街づくりを意識するようになった。友人たちの多くは国家公務員や大手建設会社に就職する。自分も最初は大手企業を中心に見ていたが、どこもピンと来なかった。そんなときNSGに出会った。「新潟を世界一幸せな街にしたい」。創業者のストレートなメッセージが胸を突いた。心の中にぼんやりとあった地元への想いが、にわかに熱を帯びる。経営者養成コースの第一期生に。まさに鶏口牛後。ぴったりじゃないか。自分は農業を営む家で育った。多くの事業を展開するNSGグループなら、いずれ食や農業に関連する新しいビジネスを起こせるかもしれない。未来のイメージが次々と膨らんだ。入社前には将来、経営に役立つと思い、簿記の資格も取得した。1年目に配属されたのはNSGグループ全体の経営管理を行う経営企画本部。グループ内のたくさんの経営者と面識ができた。その中に葉葺(はぶき)という人物がいた。伝統産業の老舗企業を事業承継し、新しい風を吹き込むことで経営を再建していく。おむすび、味噌、酒、糀。手掛けた事業はすべて話題となり、若くして一躍時の人となった。この人の下で学びたい。2年目、葉葺が経営する企業の一つ、株式会社峰村商店に異動。希望が叶った。

「小畑は本気じゃない」。なにも言い返せなかった。

最初に任されたのは経理業務。無論、経理だけをやるつもりはない。店頭に立っての販売、製造現場とのやりとり、オンラインショップの管理、広報、商品企画。どんな仕事にも首を突っ込んだ。企業経営は生き物だ。手配りのレターひとつでお客様の反応が変わる。毎日が発見の連続。面白い。1年後にはブランドマネージャーとして株式会社古町糀製造所に異動。3年目にして経営全般を任された。葉葺はほとんど口を出さない。経営者に近づけた、そんな気がしていた。ある日、「小畑は本気で売上を求めていない」。突然の葉葺からの指摘に、なにも言い返せなかった。業務をこなすことが経営者の仕事ではない。自らの行動で価値を生み出し続けること。わかったつもりになっていた。悔しかった。自分を変えたい。週2回のペースで書いていたメルマガ。そこで初めて自分を晒した。「小畑という生身の人間がここにいます。こんな気持ちで商品をお届けしています」。毎日ネタを探しては、大切な人に手紙を書くように言葉を紡いだ。「いつも読んでますよ」。小さな声がうれしかった。あれから2年半。読者数は3,000を超えた。開封率25%は業界平均を大きく上回る。お客様と気持ちで繋がっている。その感覚が自分を支える力となった。

5年目で経営者に。目の前の景色が違って見えた。

入社5年目の8月。「この会社の社長をやってくれ」。突然の葉葺の言葉。腹に力が入った。「もっと個性を出していい、小畑らしくやれ」。就任祝いだと買ってくれたのは、自分では決して選ばないセンスの眼鏡だった。仕事の内容はこれまでと変わらない。けれど、目の前の景色がまったく違って見えた。10人のスタッフ、仕入れ先の農家さんや酒蔵さん、たくさんのお客様、メルマガ読者、その先にいるそれぞれの家族。小さな会社でも経営者が背負うものは軽くない。思わず足がすくむ。でも、ここからが本当の勝負だ。夏には後輩のいる農業法人ベジ・アビオとコラボしてオリジナルのトマトスムージーを開発、提供した。社長になって初めて出した季節限定「糀・蜂蜜れもん」はプチヒット商品となった。まずは、グループ内の法人にアプローチしてB to Bのニーズを探る。特別養護老人ホームでは利用者の皆さんが「おいしいね」と笑ってくれた。顔の見える生産者と生活者。その温度感のある繋がりの上に、どれだけの笑顔をつくり出せるか。それがきっと自分の進むべき道だと思う。糀は米と酒造技術の掛け算で生まれる。新潟に縁の深いこの二つのものの力を借りて、ここでしか生まれない新しい価値をつくっていきたい。そのことが少しでも誰かを幸せにするのなら、それもまた「新潟を世界一幸せな街にする」ことに繋がるはずだから。

※所属表記・記事内容は、取材当時の内容に基づいています。