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社員とともに、日本一の地域商社をつくっていく。

#地域商社の価値
#インバウンドで地方創生
#新しい企業文化

日本一の地域商社になるために。

愛宕商事株式会社
高橋 克郎

愛宕商事株式会社代表取締役。青山学院大学経営学部卒。在学時にロシアに惹かれ、1年間のモスクワ留学を果たす。大手総合商社在籍中は、のべ10年間ロシアに駐在。地元である新潟を活性化させたいという想いから、2016年NSGグループへ。新潟県新潟市出身。2019年より現職に。

これまでのキャリア
入社前
大手総合商社にて、モスクワに駐在。
1年目
NSGグループ入社。株式会社JSN専務取締役に就任。
4年目
愛宕商事株式会社代表取締役に就任。社員ともにボトムアップの組織づくりに奮闘。

大手総合商社で20年勤務したが、地元のために仕事をしたくなった。

1991年のソ連崩壊を契機に、新潟の街にはたくさんのロシア人がやってきた。彼らの主な目的は中古自動車の買い付け。当時、高校生だった自分にとって、目の前のリアルな外国人といえばアメリカ人でも中国人でもなく、ロシア人だった。高校卒業後は、青山学院大学に進学。第二外国語にはロシア語を選択した。3年生の後半からは1年間休学してモスクワに留学。長期休暇には新潟の港でロシア人相手に通訳のアルバイトをした。卒業後は大手総合商社に就職。在籍した20年間のうちの半分はロシアに駐在した。ビジネスの考え方も方法も日本とはまったく違う。YesとNoははっきりする。顔色をうかがって、その場を誤魔化すような言動はしない。意見の違いを認め合う。グローバルビジネスで大切なことの多くをロシアで学んだ。そろそろ地元新潟に戻って仕事がしたい。そう思い始めた2016年、NSGグループの池田会長と出会った。圧倒的なビジョン。想いの強さ。この人のもとで仕事をしたいと思った。「この新潟と海外をつなぐ仕事をしてくれないか」。想いに賛同して入社を決めた。勢いに飲まれたと言ってもいい。

地域の魅力を価値に変える。マスコミでも話題になったプロジェクト。

2019年に愛宕商事株式会社の代表取締役に就任。掲げたビジョンは「日本一の地域商社を目指す」。その土地の強みを集約し、ニーズとニーズをマッチングさせる。ボリュームばかりは追わない。そこはかつて在籍した大手商社には決して手が出せない領域、地方の商社でしか担えない役割だと確信する。インバウンドによる地域活性化も狙い目の一つ。コロナ禍が明けてから、首都圏には外国人観光客が戻ってきた。しかし、新潟を訪れてくれる外国人は、まだそう多くはない。ウィンターリゾートだと認識されている新潟のグリーンシーズンに、どうやって人を呼び込むか。社内にアイデアを募ってみた。新潟らしさが伝わる体験型コンテンツで外国人観光客を呼び込むのはどうか。若手社員たちの発案で取り組みがはじまった。神社での日本酒テイスティング会。古町での花魁(おいらん)体験。地元の魚をつかった寿司握り体験。居酒屋ホッピングツアー。地元企業から企画を募り、日本語、英語、中国語のサイトでアピールする。「EDGE OF NIIGATA」と名付けたそのプロジェクトは、マスコミにも取り上げられ、話題となった。

若手社員たちの手で、新たな企業文化が生まれつつある。

社長就任2年目の2020年。若手社員たちを中心に新しい愛宕商事をつくるプロジェクトが立ち上がった。希望者を募ってチームをつくり、アクションプランを出し合う。改革の一つ目は会社の表記だった。愛宕商事という社名はNSGグループの創業の地にある神社に由来する。愛着ある名前ではあるものの、少々硬いイメージがある。そこで社名に「ATAGO」と英語表記を加え、ロゴを刷新、ホームページもリニューアルした。本気で「日本一の地域商社」を目指すなら、ビジネスはもちろん、地域貢献活動もしよう。これも若手社員から出たアイデア。田植えや稲刈り、新潟名産の洋梨ル レクチェの収穫など、人手不足の農家さんのお手伝いをした。コロナ禍で献血が不足していると聞けば、社内に声をかけて献血バスを誘致した。商店街の清掃は毎月のルーチンになった。正直、そこからすぐにビジネスへ繋がるものは少ない。ただ、確実に地域の実態に近づいた気がした。「ATAGO2.0」と名付けられたこのプロジェクトは、現在4年目を迎える。この活動は社内にさまざまな副産物をもたらした。これからの愛宕商事はどうあるべきかを全員で考える土壌が生まれた。若手たちが口にした。「俺たちの仕事は御用聞きではなく、マッチングを生み出すことだ」。いま、彼らによって新しい企業文化が生まれつつある。

※所属表記・記事内容は、取材当時の内容に基づいています。
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