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現場に立つことで、
数字の向こう側にある
真実が見えてくる。

経理マン、現場に立つ。

株式会社峰村商店
海野 貴文

株式会社峰村商店経理担当。2010年NSGグループ入社。入社後は社会福祉法人上越あたご福祉会で法人経理の担当者として10年間勤務。経理マンとしての仕事の幅を広げ、2020年4月人事異動により現職に。NSGグループの長岡情報ビジネス専門学校卒。新潟県上越市出身。2020年1月に職場結婚。

人に会うのが苦手だった。だから経理の道を選んだ。

早く働いて親を安心させたかった。でも、できるだけ人と話さなくていい仕事がいい。経理ならちょうどいいかも。会計学科のある専門学校に進んだのはそんな理由。簿記の勉強は苦じゃなかった。まるでパズルのように、出題者の意図を読み解いて答えを出す。卒業時に日商簿記1級を取ったのはクラスで二人だけ。ちょっとした自信になった。当時はリーマンショック後の不況で就職難の時代。にもかかわらず先生がわざわざNSGグループ内の社会福祉法人に推薦してくれた。

配属先は本部経理部。特別養護老人ホームなど数十拠点に及ぶ施設の経理を統括する部署だった。働き出してすぐに気づいた。実際の経理業務は試験問題とはまったく違う。生身の人間がそこにいて、現実と思惑が交錯する。ただ数字を計算していればいいという考えが甘かった。胸にあった小さな自信は脆くも崩れ去る。そんなとき上司が救いの手を差し伸べてくれた。「現場に近いところで経験を積んでみないか」。そして、特別養護老人ホームの事務員に人事異動となった。

誰かの役に立てている。その喜びが自分を動かした。

ルーチンの仕事をこなすだけの日々。正直くすぶっていた。2年目のある日、転機がやってくる。「にいがた未来塾」。NSGグループが主催する県内の若者対象のイベントで、著名な企業経営者の講演を聞いた。「どんな仕事も断るな。仕事で自分を成長させればいい」。雷に打たれたようだった。このままじゃダメだ。どこかでそう思っていたのかもしれない。「何か手伝えることないですか?」目を開くと、周りには小さな「お困りごと」が溢れていた。車椅子が壊れた。トイレが詰まった。誰かが困っていると聞けば、すぐ飛んでいった。わからないことは本やネットで調べた。研修にも出かけた。「海野くんに頼んでみたら?」。

いつしか別の施設からも声がかかるようになった。「やりすぎだよ」。心配してくれる人もいたけど、人に感謝されることがうれしかった。くすぶっていた時間を補って余りあるほどの充実感。6年目には元いた本部経理部に戻った。「海野さんがいると本部を身近に感じる」と施設の人たちから喜ばれた。現場を知った今なら、目の前の数字の向こうで何が起きているのかが、手に取るようにわかる。経理ってこんなに面白かったんだ。初めて気づいた。

周りからは抜擢と言われた。経営を支える経理マンになりたい。

2020年4月。10年いた社団福祉法人から株式会社峰村商店に異動が決まった。事業の枠を超えた経理担当者の異動は余り例がない。周囲からは抜擢と言われた。「一般企業の経営に触れることで、経理マンとしてひと回り成長してこい」。それが上司からの激励だった。峰村商店は1905年創業の老舗企業。味噌などの発酵製品を製造する。2013年にNSGグループ傘下となって以降、画期的な新商品を続け様に発表してきた。経理の現場もスピード感がまるで違う。市場の波を受け、日々刻々と変化する数字。商品ごと、顧客ごと、エリアごとに売上を拾い、変化を予測する。自分が何かを見誤れば、経営判断に影響を与えてしまう緊張感。

折しもコロナが中小企業の経営を揺さぶる。シビアな現実。ここで何ができるか。やはり現場に出よう。味噌蔵に立って作業を手伝えば、どこでどんな風にお金が掛かっているかわかる。営業の電話に出れば、顧客との関係性が伝わる。自分のアイデアが商品化され、「経理マンが発案した新商品」と新聞記事にもなった。数字の向こう側にあるリアルを掴み、経営を支えること。きっとそれが自分の役割。今、はっきりと道が見えた。

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