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新潟から世界へはばたく
アーティストを育成したい

山本 雄太
SHOW!国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校
副校長

新潟から世界へはばたくアーティストを育成したい

PROFILE
山本 雄太
SHOW!国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校 副校長
新潟市出身。東京の大学を卒業後、教育関連の会社に就職。3年後に退職し、東京で2年間ダンス技術の向上と人脈づくりに励む。2010年にUターンし、NSGグループに入社。音楽・ダンス・K-POP・音響・音楽ビジネスが学べる「SHOW!国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校(以下「SHOW!」。)」に配属。2021年に副校長へ就任。世界各国で開催されている「ヒップホップワールドチャンピオンシップ」の審査員を務める。2020年に行われた南米のボリビア大会に日本人唯一の審査員として選出された。
大学時代にダンスと出会い、「ダンスと教育」を生涯のテーマに。
東京でダンスの修行と人脈づくりに励む。
2年後、地元の新潟へUターンし、専門学校で念願のダンスの指導者に。
学生に良い教育を提供したい。
そんな熱い思いで、目指すは「世界で通用するアーティストの育成」。
ダンスと教育に熱い思いを注ぐ山本さんのエネルギーの源とは。

「思いと出会い」を大切にしながら、アクティブに活動中

専門学校の副校長になり変わったことはありますか?

入社して2年目にダンス科の担任を務めました。授業を担当しながら事務局の仕事も兼務し、ガイダンスなどの事業推進に関わる業務や、奨学金・学費管理などの学校運営に関わる業務の仕事にも携わりました。2021年に副校長へ就任し、学校運営全体の責任者の立場となり、今まで以上に広い視点で物事を見なければいけない。一歩引いたところでみんなを見渡し、「滞っているところはないか」、「気持ちよく働けているか」。それらを発見して解決するように努めています。仕事の進め方は、戦略性を高くすることを意識しつつ、雰囲気としては学園祭の準備をしている感じですね。職員とワイワイ話しながら、これをやろう!これを忘れてはいけない!など。そんな感覚で日々務めています。

今、力を入れている企画があるとお聞きしましたが?

世界で通用する学生を育てたい。ダンスは世界共通ですが、世界で活動するにはコミュニケーションが必要。そんな思いをずっと持っていたのですが、ある本を読んでいるときにフィリピンのセブ島で活動している英会話スクールの代表の存在を知りました。“語学は実践することが大切。だからここに学生を行かせたい”とヒラメキ、すぐ連絡。現地も訪問し打ち合わせを行いました。そして「学生は英語を勉強しながら、夜はセブ島の子どもを集めてダンスレッスンをする。」というプランが決定。2020年2月に実際に実行する予定の企画でしたが、新型コロナウイルスの影響で一旦中断になってしまいました。状況を見ながらになりますが、今後これは絶対実現させたい企画ですね。このように、何かと何かを組み合わせて学校の教育をより良いものにする企画を組み立てることができるのが、この仕事の楽しいところだと感じています。

その行動力のエネルギーの源はなんですか?

当たり前のことではありますが、「学生に良い教育を提供したい」。その一念がパワーになっています。また、そんな思いがアンテナとなって、チャンスを察知したら即キャッチして次に繋げています。仕事を進める上で大切にしていることは「思いと出会い」。学生への思いと、先程話した英会話スクールの代表のような偶然の出会いを大切にしています。

授業を提供する上で、東京時代の出会いが役立っているそうですね?

はい。大学時代のダンスサークルの先輩に再会したら振付師として活躍していました。多数の有名アーティストのライブに出演し、またMVやTVでダンスの振付を担当していて驚きましたね。新潟に戻り今の学校に勤めてからも、仲良くさせていただき、その後、当校の特別講師としてダンス科「スベシャルアドバイザー」に就任いただきました。おかげで学生にとってはTVやライブ、ミュージックビデオにも出させてもらうなど、とても貴重な経験となりました。

「ダンスが仕事になる環境を作りたい」という思いでUターン

そもそもダンスと出会ったきっかけは?

大学入学と同時にダンスサークルに入部。3年生の時に部長を務めて、後輩に指導する立場になり、上達していく姿を見るうちに、将来はダンスを教える仕事に就きたいと思うようになりました。卒業後は仙台で教育関係の仕事に就いたものの、ダンスに関わることができず悩みました。「ダンスと教育」を生涯のテーマに決めたのに、このままでいいのか?と考え抜いた末、3年目に辞めて、学生時代を過ごした東京に戻りました。

東京ではどのような活動をしたのですか?

ダンス指導者になるためには、まだ自分の技術が足りていないと思い、スクールに足繁く通い、2年間かけてダンスの技術を磨きました。また、人脈づくりも重要だと考え、先ほど話した学生時代から師と仰ぐ先輩に師事して、業界で活躍する方を紹介していただきました。さまざまな出会いを重ね、そこでインプットしたことを今度はどこかでアウトプットしたい。そう思い就職活動を始めました。

SHOW!とはどのように出会ったのですか?

いつかは新潟に帰ってこようと決めていました。新潟での就職情報を集めていたところ、SHOW!の存在を知り、直接電話を掛けました。ダンスへの熱い思いを伝えたところ、「会って話しましょう!」ということに。その後面接を受け、とんとん拍子で話が進み、入社に至りました。当時の新潟のダンスシーンは、東京や大阪と比べ5年から10年は遅れていると感じていました。新潟に住んでいる学生たちが東京以上にしっかりと学べて、生涯に渡ってダンスを職業にできるような環境を作りたい。そのような気持ちで新潟に戻ってきました。

副校長として学校を俯瞰的にとらえ改善中

専門学校で学ぶメリットは何でしょうか?

一つは「企業とのコネクション」です。当校には音楽・エンタテイメント・放送業界からアーティストや著名人が来校し、講演会やワークショップ・ライブなどを開催しています。業界最前線で活躍する方を講師に迎え、業界が求める人材像や最新情報などを学ぶことができます。例えば、ダンス世界大会を3連覇している新潟のダンスチームと連携し、授業を行っています。学科ごとの専門性を持った授業や実習があることは当然ながら、そうした業界とのコネクションを活用して最先端のことを学ぶことができます。そして、就職すれば当然社会人として世の中に出ていくことになりますので、どこへ行っても立派な社会人として活躍するために身につけておくべきことも、カリキュラムの中にしっかりと組み込んでいます。学生はこういったことを2年かけてしっかりと学ぶことができます。

学生を指導する上で最も大切にしていることは?

人間性の育成を大切にしています。デビューや就職ができたとしても、マナーを身につけていなければ社会人としては失格。「あの学校を出た子は返事や挨拶もできるし、笑顔で好感が持てるよね」と言ってもらえるように指導しています。人間力に技術力が掛け合わされて、心技体を兼ね備えた学生が育っていくと考えています。

エンタテイメントは人生を豊かにする不可欠な存在

これから実現したい夢は?

冒頭に話しましたが、世界で通用するアーティストを育てたい。その実現のために、海外での拠点を作りたいですね。提携を結んでいるダンスチームは、アジアやオセアニア、アメリカなどに拠点を作るために動いていますが、当校の学生もそこでスタッフとして働いたり、ダンスを教えたりできればと思っています。また現在、韓国の大学と教育提携についての調印をしていますが、もっと世界の多くの大学と提携して、さらに質の高い教育を提供したいと思います。
さらに他の分野との連携。NSGグループには様々な分野の企業や学校があり、相互に連携することができればシナジーを発揮できると思います。「ダンス×XR(「VR」「AR」「MR」などの総称)」や「作曲×AI」、「音楽×映像」とか…想像するだけでワクワクしますね。そんな優秀な人材に、新潟から世界へ羽ばたいていってもらいたいですね。

世界的なダンス大会の審査員を務めているそうですね?

はい。「ヒップポップインターナショナル」という協会が主催し、世界52カ国のダンサーが参加する世界大会です。アメリカのアリゾナ州・フェニックスで審査員の講習があり、審査員としてのジャッジの方法などを学んできました。昨年は南米のボリビアの国内大会の審査をオンラインで行いました。学生により良い教育を提供するためには、教員が積極的に学び、自分自身を磨くことも重要なことだと思っています。

コロナ禍でエンタテイメントの大切さを再認識したという声を聞きますが

その通りだと思います。コロナ禍を経験してあらためて思ったのが、音楽・エンタテイメントはなくならない。生活には不要・不急なものかもしれないけれど、人生には不可欠。多くの方は音楽や映像、舞台などによって生活の中で豊かさを感じ、支えられているのではないかと思います。そして通信技術やAIが発達するとエンタテイメントはもっと生活を豊かにするものになると思います。そう考えると、私たちの仕事の果たす役割もますます高まると思うので、気が引き締まりますね。

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