教員・女子硬式野球部指導者の二刀流。 母校の後輩達を人として成長させたい。 – VOICE インタビューサイト

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教員・女子硬式野球部
指導者の二刀流。
母校の後輩達を
人として成長させたい。

柏倉 悠起奈
開志学園高等学校
教員・女子硬式野球部コーチ・監督代行

教員・女子硬式野球部指導者の二刀流。 母校の後輩達を人として成長させたい。

PROFILE
柏倉 悠起奈
開志学園高等学校 教員・女子硬式野球部コーチ・監督代行
山梨県出身。小学校2年生から兄の影響で野球を始める。2016年、開志学園高等学校卒業(女子硬式野球部1期生)。2020年、大学を卒業後、開志学園高等学校社会科教員となり、合わせて女子硬式野球部コーチに就任。2022年6月、女子硬式野球部監督代行としてチームを牽引。7月から8月にかけて開催された全国高等学校女子硬式野球選手権大会で準優勝に導く。


山梨県から女子硬式野球部の第一期生として開志学園高校に入学。
大学でも野球を続け、教育実習を母校で行う。
卒業後は、開志学園高校の教員と女子硬式野球部のコーチに就任。
生徒の身近な存在になることを意識して指導にあたる。
就任3年目は25歳で女子硬式野球部を監督代行としてチームを牽引。
プレッシャーと戦いながらも、チームをまとめ全国大会準優勝に輝く。
教員として、女子硬式野球部の指導者として、生徒を成長させるために寄り添い励ます。
そんな柏倉さんが歩んでいく二刀流の未来像とは

女子野球が繋げた開志学園高校との出会い

開志学園高校で教員になったきっかけは?

小学校、中学校と男子に混ざって野球少年団に所属していました。高校でも大好きな野球を続けるため、インターネットで探していたところ、開志学園高校の女子硬式野球部が1期生を募集していました。新潟県は縁もゆかりもない土地でしたが、野球を続けるために進学を決めました。

卒業後は新潟県外の大学に進学し、教育実習を開志学園で行ないました。教育実習で先生という職業の舞台裏を知り、「私も自分の生徒のためにできることをしていきたい。教員になろう!」と。

その後、就職活動のタイミングで教員として、そして女子硬式野球部のコーチとして学校に戻ってきてほしいと連絡がありました。女子硬式野球部の1期生として、「後輩に指導することで恩返しができる」と思い決断しました。

担任の先生の行動は鏡となる。

日々、心がけていることは?

いろいろありますが、一つは「元気に教室に入る!ということです。毎朝心がけています。そうすると生徒もつられて元気になるからです。そして生徒を点呼するときも一人一人の表情を見て、「今日は元気かな」とか「暗いけど体調が悪いのかな」など把握して授業に取り組んでいます。今年は3年生のクラス担任なので進路面でも気軽に相談をしてもらえるよう、生徒の身近な存在になることを意識しています

 

クラス作りのテーマはありますか?

 団結力を大切にしています。学園祭や体育祭などの学校行事はクラス単位で行うので、それを通して“みんなで一つのものを作り上げることは大切さ”を体験してもらいたい。生徒には「これは卒業後も生かされることだから、みんなでやろう!」と言っています。クラス目標は『咲』です。卒業の時にみんなの笑顔を咲かせてほしいなと思い、生徒が描いた木の幹に行事ごとにその感想を書いた花びらを貼っています。「体育祭暑かったけど楽しかった」などと書かれており、やってよかったと思いながら眺めています。卒業の時には満開の桜を完成させたいですね。

教員になってからの3年間を振り返っていかがですか?

 一生懸命に走り続けてきた3年間でした。指導に悩んだ時はグランドに行けば、部員が楽しそうに野球をやっている姿に元気をもらえますし、クラスで生徒と話すことで新たな気づきをもらえるときもあります。本当に生徒に助けられた3年間でした。また職場の他の先生たちにも支えられているなと毎日感じています。わからないことがあると優しく答えてくれますし、「大丈夫?」と声をかけてくれます。同僚であり、兄妹や両親のような存在です。

監督代行就任2ヶ月で、全国大会準優勝!

どのような思いで大会に臨みましたか?

今の3年生たちは、私が着任した時の1年生で、ある意味同期。3年間いっしょに頑張ってきた仲間です。だからこそ“野球って楽しいな”という思いで卒業してほしいと思っていました。

監督になって初めての全国大会だったのでプレッシャーはありました。それを助けてくれたのが、先ほど話した3年生。「私たち同期だよね」と言いながらいっしょに汗を流し、積極的に輪に入って信頼関係を築きました。3年生たちは、率先して声を出して、楽しそうにプレーをしてくれ、それに下級生もついてきて、チームが一つに。3年生が全員を勝ちたいという気持ちにしてくれました。

 

夏の全国大会で見えた成長はありますか?

 大会2週間前に実績のある社会人チームと練習試合をしたのですが、チーム一丸となって挑み大勝。それで勢いに乗って大会に入りました。女子野球はチームの雰囲気がいいと、相手が強くても勢いで勝ってしまう。だからモットーは“自由に楽しく”。上から目線の指導ではなく、「一緒に頑張ろう!」という気持ちで臨みました。だから私が指揮を取ったというより、選手が自主的に頑張ってくれました。

褒めて伸ばす指導方針で、個々の成長を支える。

監督代行としての日々の指導方針はなんですか?

指導方針は、怒らないことです。怒るのは時間とルールを守らない時だけ。あとは褒めることだけを意識しています。私はずっと“野球は怖い”と思って学生時代を過ごしてきました。失敗したら指導者から怒られるのではないかと思いながらプレーしてきたからです。だから誉めたれたらほうがモチベーションがあがると思い、選手には「前はできなかったのに、上手くなったね」というように声をかけています。選手も監督の言葉を励みに、もっと誉められるように頑張ろうと思いますからね。

どのような人生を歩んでもらいたいですか?

3年間、個性的でまとまりがないと言われていた子たちが、最後はチームを一つにして全国準優勝のタイトルを獲得した。卒業後はそれを “お守り”にして歩んでいってほしいですね。

この開志学園に出会えたから、今の私がある。

一期生の立場から、今のチームの成長を見てどのように思いますか?

 私たちの頃は「日本一になりたい」と言っていましたが、実際はそのレベルまで達していませんでした。でも私が大学を卒業して教員として戻ってきた年に、決勝まで行けるレベルに成長していたことが何よりもうれしかったですね。また在校当時の先生も優しかったし、学校が好きだったから戻ってきて、今は本当に良い環境で仕事ができています。高校の時にこの学校に巡り合っていなかったら、今の自分はないですし、タイムマシーンがあれば、あの時の自分に会って、「その選択は間違っていないよ」と言ってあげたいくらいです。

 

これからの目標を教えてください。

 クラスを受け持つ生徒も、女子野球の部員も、人として成長させたい。高校生活は3年間と短いですが、将来“高校時代があったから、今頑張れる”。そんな生徒を一人でも多く育てたいと思います。そのためにも、一番近くで寄り添って一緒に笑っていられる存在でありたい。それが教員としても、女子硬式野球部の指導者としても目標で

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