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目指すはNSGオリジナルの
幼児教育メソッドを全国へ

星野 順也
スリーシーズ株式会社
代表取締役社長

専門学校の教員から 保育事業の経営者へ 夢はNSG幼児教育の普及

PROFILE
星野 順也
スリーシーズ株式会社 代表取締役社長
大学卒業後、新潟市内の高齢者施設で約10年間、ソーシャルワーカー等を務める。2003年にNSGグループに入社し、専門学校「国際こども・福祉カレッジ」に配属。教務部長・就職部長として、社会福祉士・保育士等の養成に関わる。2017年、プリスクール「フィオーレ・モンテッソーリ・インターナショナル」を立ち上げる。2018年に保育施設を運営するスリーシーズ株式会社に出向し、2019年に代表取締役社長に就任。同社は首都圏及び新潟県等で認可保育施設、小規模保育施設、企業主導型保育施設を運営。NSGグループ全体の幼児教育の方向性を考え、シナジー創出を図る幼児教育事業推進室の室長も務める。
40歳を過ぎた頃、大きな転機が訪れた。
福祉系の専門学校教員から、保育事業の経営者に。
社会人生活を振り返ればチャレンジの繰り返し、
目の前の目標に向かって走り続けてきた。
そして目指すはNSGオリジナルの
幼児教育メソッドを全国へ…
そんな大きな夢を抱く星野さんの
チャレンジヒストリーとは

教員から保育事業の経営者にチャレンジ

なぜ専門学校の教員から経営者に転身しようと思ったのですか?

40歳を過ぎた頃、福祉系の専門学校で介護科の教員をしながら、夜間と土曜日、日曜日を使って事業創造大学院大学でMBAプログラムを学びました。知らないことがたくさんあって、それを学ぶことができて、とても刺激的でした。中でも事業の企画提案をするゼミが楽しかったですね。今後は保育にも携わりたいと思っていましたが、この大学院での経験から、保育の経営に興味が出てきたのです。そんな時、NSGグループで幼児教育の責任者の社内公募があり、手を挙げて採用されました。まさかの急展開。私の人生は、そこから大きく方向を変えることになりました。

提案した具体的な教育内容は、子どもの自発性、自主性を養う「モンテッソーリ教育」に取り組もうという試み。それを実践するために「フィオーレ・モンテッソリ・インターナショナル」という保育施設を立ち上げました。

その後に、現在のスリーシーズの代表に就任することに?

保育施設を立ち上げた1年後に、現在の会社である「スリーシーズ」の代表が退任することなり、私が代表に就任しました。当社は保育事業を行なっており、東京、神奈川、千葉、新潟で認可保育施設、小規模保育施設等を運営しています。単身赴任の生活ですが、何事もチャレンジです。

教育の現場から経営者になり大変だったとことは?

実際に組織の一番上に立った時、今までにないプレッシャーを感じました。経営者になりたくて手を挙げたものの「本当にやれるのか、会社経営の舵取りの方向が正しいのか」。しかし辞めたいとは思わなかった。逆にどうしたら成功するかを考え、準備をしっかりと進めました。そんな時に助けてくれたのが、NSGグループの仲間や先輩。困った時や悩んだ時には相談をしています。さまざまな業界で活躍する知見のある人達にいつでも相談できるのは本当に心強いですね。

次代を見据えた幼児教育で、選ばれる園を目指す

NSG幼児教育事業推進室の室長もされていますね?

はい。NSGグループ全体の幼児教育事業の推進に取り組んでいます。月に1回、私が座長となって園長や関係の方々が集まり「保育・幼児教育事業の連携会議」を開催。“NSGの保育や幼児教育はどうあるべきか”を話し合っています。保育は幸せな人生をスタートさせる大切な仕事。やりがいを持ってビジョン作りに取り組んでいます。

具体的にどのような教育を目指しているのですか?

私たちが目指す教育には、2本の柱があります。1つ目は先ほど述べた「モンテッソーリ教育」。幼少期には好奇心と学ぶ意欲があります。子ども達が主体的に学んでいける環境や教具を整え、自ら考え取り組んで、道を切り開いていくような人を育てるのが狙いです。2つ目は「英語教育」。今後ますます国際化が進みグローバルな人材育成が必要となってきます。異文化に触れる楽しさを実感してもらい、英語に興味を持ってもらう土台を作りたいと思っています。それら2本の柱を中心とした幼児教育をNSGが運営する保育施設で展開していきたいですね。

専門学校との連携も図っているそうですね?

連携会議には保育士の養成校である「国際こども・福祉カレッジ」の教員も参加しており、産学連携の強化に取り組んでいます。具体的には、実習生の受け入れ、就職先の斡旋などです。NSGの専門学校で保育を学んで、NSGの施設に就職する。まさにオールNSGで幼児教育に取り組んでいます。将来的には「付加価値のある園」が選ばれる時代になると思います。その時に向けて準備を進めているところです。

原点は高齢者介護、人を幸せにしたいという思い

社会人になって初めて勤めたのは高齢者介護施設だったそうですね

もともと福祉に興味があったので福祉系の大学に進みました。卒業後は高齢者介護の施設に入職してソーシャルワーカーを務めていましたが、そこに実習に来ていたNSGの専門学校生の福祉の仕事への熱意に触れ、「この若者たちを応援したい。私が現場で経験したことや考えていることを伝えたい」と思うようになりました。福祉の現場では自分の目の前の高齢者にしか携われません。それはもちろん尊い事ですが、教育という現場に行けば、教え子を通じてたくさんの方に貢献できる。そう思いNSGグループの「国際こども・福祉カレッジ」の教員に転職。今考えると、その後の人生を変える分岐点でしたね。

その後、なぜ介護から保育へ転身したのですか?

赴任した専門学校には保育科があり、保育士も養成していました。教務部長というポジションに就き、保育科の学生とも関わる機会が増える中で、自分なりに保育に関する勉強をして段々興味を持つようになりました。これから日本が豊かであり続けるためには、次代を担う子ども達への教育は大切。だから保育に関わりたいと思うようになったのです。そこが保育事業への第一歩だったかもしれませんね。

夢はNSGオリジナルの幼児教育メソッドの展開

社会人になった頃、今の姿を想像できましたか?

まったくイメージできませんでした。高齢者施設で働いていたところに、NSGの学生が実習生できてから人生が予想外の方向に展開していきました。そしてNSGグループの公募制度などをうまく利用させてもらい、現在があると思います。まさか40代後半になって東京で会社を経営しているとは…。「NSGグループに入らなかったら、こんな人生はなかった」と思っています。我ながらNSGを使い倒していると思います。

入社して20年近くになりますが、これからのビジョンは?

今取り組んでいるNSGの保育・幼児教育の形をしっかり作り、より良い教育を子どもたちや保護者に提供していきたい。それを通して地域や国に貢献できればいいですね。ゆくゆくはNSGの教育メソッドをNSGグループ外にまで広げ、そして100年後に世の中のスタンダードになっているのが夢ですね。公言したからには、しっかりと取り組まなければ。そう自分に言い聞かせ、これからも頑張っていきます。

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