スポーツ障害の中で予防が重視される成長期野球肘対策に長年取り組む。指導者と保護者と共に野球少年の未来を守る。

2023.06.02 Fri

新潟リハビリテーション病院では、院長の山本智章先生を中心に同病院の理学療法士と共に2006年に結成された「野球班」が野球障害ケア活動を推進しています。新潟県ではこの取り組みにより、野球肘などで苦しむ子どもたちの数が減少しているとのことです。

この取り組みがどうして始まったのか、野球少年の保護者への啓発活動や野球界との連携、そして今後の課題などを、新潟リハビリテーション病院 山本院長に伺いました。

出張検診により野球肘の早期発見に取り組む。

― 野球肘の検診を始めたきっかけについて教えてください。

山本 私は小中高と野球を経験し、整形外科医になってからはスポーツ医学に携わり、当病院が開院してからはスポーツ障害の回復に取り組む一環としてスポーツリハビリの外来も始めました。すると、身体に問題を抱える野球部の子どもたちが広い地域から来院し、中には非常に悪化して手術が必要な子もいました。その中でも、私が最も問題だと感じたのは小中学生の野球肘でした。

 

― 野球肘とは具体的にどのような障害なのでしょうか?

山本 野球肘とは、野球をする選手が経験する肘関節の障害です。特に私たちが問題として取り組んでいるのは成長期の野球肘です。骨格が未熟な子どもが正しい投球動作をせずに多くのボールを投げることで、肘の関節の軟骨に損傷が生じます。肘を損傷すると、最悪の場合、元に戻らない状態になります。つまり、野球生命が絶たれてしまうのです。この問題が小学校や中学校で起こることがあります。そこで、ケガをする前の段階でチェックできるよう、2006年から野球肘検診を始めました。

 

― どのように検診を進めていったのですか?

山本 最初は少年野球チームを病院に集めてチェックしましたが、すでに肘を損傷している子どもが何人もいました。そこで、検診の対象を広げる必要性を感じ、学童野球の大会の関係者に相談し、試合会場で医師と理学療法士が検診を行うことにしました。ちょうどその頃、持ち運びできる超音波の診断機器(ポータブルエコー)が出始めていましたので、それをグラウンドに持ち込み、大会に集まった選手たちに試合の合間を使って検診を受けてもらいました。異常が見つかった子どもたちは、病院での診断や治療を進めています。

 

医療側と野球界が協力し、予防の啓発活動を推進

― 活動を始める前は、野球肘に対する意識はどのような状況でしたか?

山本 指導者はチームが勝つことを目指して、集中して選手を起用する傾向がありました。子どもたちは指導者に言われるままに只々一生懸命投げることが多かったです。親も子どもを応援する一方で、危機意識はあまり持っていませんでした。しかし、肘を傷めて最終的に苦しむのは子どもたちです。彼らは一生懸命努力した結果、肘が曲がらず伸びなくなってしまったりします。手術を受けてリハビリを続けながら大好きな野球を1年以上もプレーできないこともあります。新潟だけでなく全国的にもこのような子どもたちがたくさんいたと思います。

 

― 野球障害を予防するための啓発活動はどのように進めましたか?

山本 まずは保護者を対象にしました。保護者は日々子どもを見守っている立場ですので、しっかりと情報を伝えることが重要だと考えました。そのため、2012年に私たちは野球関係者に働きかけ、新潟県青少年野球団体協議会と協力して「野球手帳」というものを作成しました。野球肘についての情報や予防方法などを分かりやすくまとめたものです。この手帳を子どもたち一人ひとりに配布することで、保護者も一緒に内容を確認できるようにしました。

 

―予防の重要性は浸透していきましたか?

山本 さまざまな活動を通じて、予防の重要性は徐々に浸透してきました。その進展を促進する大きな要因の一つは、医療側と野球の現場の連携が実現したことです。それまでの野球界は小学校から高校までの段階で、野球肘の予防などの指導に一貫性がなかったのが現実でした。しかし、連携が実現したことで、まさにオール新潟で健全な身体で野球少年の夢を育むという意識が高まりました。

 

医学的なサポートは高校・大学の競技力の向上にも貢献。

― 小・中学校以外でもケガ防止の指導を行っているそうですね。

山本 はい。新潟リハビリテーション病院では理学療法士で構成される「野球班」を結成し、高校に派遣して選手のケアを行っています。関わっているチームが上位に進出すると、医学的なサポートが競技力の向上にも寄与していることを実感し、喜ばしく思っています。また、新潟医療福祉大学の野球部とも深い関わりがあり、大会にも同行しています。最近では、NPBの球団に入団を果たした選手も出てきていますが、私たちの活動が少しでも貢献できていればと思います。

― ケガ予防の活動が行われる以前は、夢を絶たれた子どもたちもいたのでしょうね。

山本 そうかもしれません。以前は、小・中学校で夢を諦めざるを得なかった子どもたちが多かったでしょうね。きちんとケアを受けていれば、甲子園やプロ野球で活躍ができたかもしれません。現在では、新潟県全域に取り組みが広がり、当病院以外でもケガ予防のための医療体制が整備され、各地で適切な診療を受けることができるようになりました。

 

― 昨年、これまでの予防の取り組みから得た知識を一冊の本にまとめられたそうですね。

山本 はい。医療側と野球界が連携して約20年に渡り検診を実施し、重篤化する子どもたちの数が減少しています。指導者や保護者の意識も変わってきました。そこで、これまでの活動を整理する意味で『16歳までの「野球教本」』という書籍を出版しました。この本は、医学的な視点から野球を解説し、子どもたちをケガなく安全にレベルアップに導くためのテキストとなっています。現在、全国的に野球肘の検診が広がっていますが、野球少年を育てる全ての大人に読んでいただきたいと思います。

 

指導者への研修会を充実させ、子どもたちの心身をケアしてもらいたい。

― 新潟県高校野球連盟が球数制限を導入しましたが、それも活動の影響からでしょうか?

山本 その点については一定の影響があったと考えています。私たちが野球界と協働して作成した「野球手帳」には、年代別の推奨投球数が記載されていますので、設定しなければいけないという意識を高めることに繋がっていると思います。高校野球は地域の野球の象徴でもありますので、新潟県高校野球連盟が全国に先駆けて球数制限に取り組んでくれたことは、非常に意義深いものだったと思います。

出版した書籍と子どもたちに配布される「野球手帳」

 

― 今後の野球障害ケアに課題があればお聞かせください。

山本 いちばんのキーマンは指導者です。今後は中学校の部活は教師から地域の経験者が指導する形へと移行していくという中で、子どもたちを育てるスキルを身につけてもらうために各地で研修会を行う必要があります。これは全てのスポーツに共通するところだと思いますが、医学的な知識も持った指導者を増やしていきたいですね。

 

― 技術面だけを教えるのが指導者の役割ではないということでしょうか。

山本 そうです。みんな野球をする目的はそれぞれ違うと思うのです。甲子園やプロを目指す子もいますが、野球が好きだからという子が大半。だからこそケガすることなく、野球を楽しんでもらいたいですね。そのためには心のケアも含めてきちんと指導してほしい。だから私たちの役割は大切だと思っていますし、継続して活動を進めていきたいですね。

 

新潟リハビリテーション病院

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地域のリハビリテーションの充実をモットーとし、回復期リハビリテーションを中心に、転倒予防やスポーツリハビリテーション、在宅支援のための通所リハビリテーションなどの機能を併せ持つ、リハビリテーション複合病院です。基本理念である『皆様に愛され、信頼される病院を目指します』を心に誓い、患者さん一人ひとりが再び生き生きとした生活を送ることができるよう、多職種の医療スタッフがそれぞれの専門性を生かし、チーム医療を展開しています。

 

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